2015.05.10 Sunday

代表交代のご挨拶

障害児を普通学校へ・全国連絡会 代表 長谷川律子

何年か前、お声かけがありました。その時は、母の介護、仕事、その他でお引き受けできませんでした。今回も電話、FAX、などの連日の?? 其のつど、身の丈に合わないとお断りしてきました。「冥土」の土産に最後のお仕事をしなさい…と。妙な説得力にストンと落ちてしまいました。いろいろな処に不具合を感じる年齢になりました。全国連の人脈に足を引っ張ってしまうのでは、という危惧が脳裏をかすめてました。歌の文句ではありませんが「こんなあたしの…」です。若い人へのバトンタッチまでの期間限定でさせていただきますと、先日の総会の時にお返事しました。でも、今も気持ちの準備や整理がついていないのが正直なところです。

現在、私の生業はフルタイムで仕事をしています。NPO法人を1999年に立ち上げ、居宅介護支援事業、訪問介護、移送サービスの3事業を行っています。そこで介護支援専門員(通称ケアマネ)として、クルクル動き回っております。当法人はご本人(高齢者)、ご家族の側に寄り添い共に考えていくことを軸にしてます。そんなの当たり前でしょ! と思われるでしょうが、そうではない現実が多々あります。効率的でない我が事業所はお一人お一人に時間がかかります。でも、その手間、時間は本人、家族が後で後悔しない結果に結びついてます。どんな環境や状況でも、住み慣れた自宅がいい、とおっしゃいます。あんたたちのせいでそうなったのではなく自分たちで決めた、になってます。

これこそが本人の意向と家族の合意と思っています。一方、薬で安定させて(必要な場合もあるでしょう)施設等への入所を勧め、一丁あがり的な手法をとる所もあります。対人関係で相性もあるでしょうが、どうも私はごちゃごちゃ付き合っていくのが好きな性分のようです。そして、この仕事を通してやはり感じるのが「共に」です。「共に育つ」と「在宅介護」は共通…だと思ってます。
金井闘争で訴えていた「障害児を普通学校、学級へ」は高齢者問題につながってますよね。38年前の私たちの要求とこの間の文科省の見解を読み比べると
/討良佞添い(私は付き添わなかった)…今も変わらず付き添いを強要されているご家庭の負担は大きく様々な問題をひきおこしてます。
不当な差別……康治の転校希望先の校長は裁判所で「差別してはいけないとは法律に書いてない」と証言。このような人が小学校の校長をしている、なんと子どもたちは不幸な時間を過ごしたことか。
9舁的配慮(校内整備・介助員など)…誰にとっての配慮なのか、権利剥奪や不利益にならないように行政や学校に考えてほしい。

「どの子も地域の学校・学級へ」は「インクルーシブ教育」の普通学級が原則と同じです。何か横文字がたくさんになり、こまごまと分けられている現実。難しい文言が飛び交い理解力低下の私には難しい。

しかし、分けられた不幸で子どもたちの事件が多い最近。胸が締め付けられる思いの人も多いと思います。社会・大人たちは子どもたちの育ちに目を向けて欲しいと願っています。誤解しないで下さい。メディアを通じてのにわか評論家は、家庭環境や子育て、母親などをクローズアップし追い込んでいるように見えます。でもちがうでしょ! 子どもたちがどんな環境におかれてるか振り返って欲しいです。「共に育つ」は、人間教育・共育…。子どもの成長年齢はとりもどすことができません。私は、子どもの側、親の側に寄り添い考えていきたい。「当たり前に」学校へ。「特別なことを求めるのではない」「みんなと一緒に」を希望するだけです。
法改正、制度改革など議論しなければならないことがたくさんあります。

会員の皆様を中心に、事務局、事務所当番をしてくださる方、皆様のご協力をいただきながら活動していきたい所為、どうぞよろしくお願いします。


〈代表交代について・ひとこと〉

障害児を普通学校へ・全国連絡会は、1981年に結成された当初より、世話人会と事務局で運営されてきました。その後、運営上の問題もあって1991年に運営委員会を開くようになり、さらにその運営委員会を積み重ねる中で、役員組織を含めた規約ができたのが2000年でした。その規約の中で「代表」をおくことが定められ、2001年の全国連絡会総会で徳田茂さんを代表として選びました。選んだというより、運営委員会が強くお願いしてなっていただいたというのが実情かも知れません。

それから14年近く、徳田さんからは「いつになったら替えてもらえるのかい」などと言われながら、ずっと代表をお願いしてきまし
た。

そう言われていた徳田さんでしたが、文科省との交渉や大事な国会の動きのときなどには、金沢から東京まで何度も駆けつけるなど、常に全国連絡会を全力で支え、全国集会や各地の応援にも力を尽くしてこられました。

しかし、そんな徳田さんにいつまでも代表をお願いするわけにもいかず、この度、長谷川律子さんに代表になっていただくことになりました。長谷川さんは、ご存知のように故金井康治さんのお母さんであり、「弟と一緒の学校に行きたい」という康治さんの願いを実現すべく何年にもわたる普通学校への転校闘争を闘って来られた方です。この「金井闘争」が「障害児を普通学校へ」の運動の原点ともなりました。その後も、長谷川さんは全国の闘いを支援し、全国連絡会を支えてきてくださいました。全国連も世代交代をしていかなくてはなりません。そのために、会の原点を引き継いでいただくということでお願いしました。徳田さんには、長い間代表をしてきてくださり、感謝の思いでいっぱいです。これからは、運営委員として引き続き、外部団体や国会議員との関係作り等に、会の顔として関わっていただくことになっています。(事務局・片桐)
 

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